オタクパパの日常

今はSteamのゲームにMODなどを導入し、自分用のメモとしてちまちま書き記していっています。

【茨城観光】3歳の娘と鹿島神宮に行ってきました【2019年3月下旬】

こんばんは、Ventoです。

3歳の娘とのお出かけ、茨城の名所巡りシリーズです。今回は茨城の南東部にある鹿島神宮に行ってきました。

鹿島神宮とは

f:id:Vento:20190325230520j:plain

茨城県南東部、北浦と鹿島灘に挟まれた鹿島台地上に鎮座する。古くは『常陸国風土記』に鎮座が確認される東国随一の古社であり、日本神話で大国主の国譲りの際に活躍する武甕槌神(建御雷神、タケミカヅチ)を祭神とすることで知られる。古代には朝廷から蝦夷の平定神として、また藤原氏から氏神として崇敬された。その神威は中世に武家の世に移って以後も続き、歴代の武家政権からは武神として崇敬された。現在も武道では篤く信仰される神社である。

ウィキペディアより

私自身は茨城県民でありながら、鹿島神宮に行くのは今回が初めてでした。今回行くにあたって、鹿島神宮の歴史なども事前に調べましたが、私が想像する以上に古い歴史を有しておりました。また、至る所で徳川家や徳川光圀(水戸黄門)の名前が出てきたりと、実際に行くのが楽しみになりました。

※注 私の神社などに関する知識は人並み以下です。本文の中に万が一でも失礼な言い回しなどがありましたらすいません。

交通手段と駐車場

今回も自家用車で行き、下道で2時間半ほどのドライブとなりました。ナビの指示通りに向かい、途中に見つかった駐車場は以下の通り。

無料の公式臨時駐車場

最初に見えてきたのは公式の無料の駐車場でした。「臨時」の看板があったので、期間限定なのかな。見回した限り、停められる台数は30台ほどで、10時の時点ではすべて埋まっており、空き待ちの列ができているほどでした。私も少し待ってみましたが、空く気配がまるでなかったので、次の駐車場に向かいました。

民間の有料の駐車場

f:id:Vento:20190325230602j:plain

次に見えてきたのは民間の駐車場でした。値段は2時間で500円(前払い)。駐車場管理者の方が誘導をしていたので、そのまま流れに乗って駐車させてもらいました。駐車場の規模はMAX15台ほどでしょうか。こちらも10時半の時点でほとんど埋まっておりました。

鹿島神宮まではここから徒歩で4分程でした。歩いている途中、同じような民間の駐車場がいくつも目に入りました。(いずれも値段は2時間500円程でした)

公式の駐車場

f:id:Vento:20190325230448j:plain

鹿島神宮まで徒歩で向かっているときに気付いたのですが、鹿島神宮の目の前に公式の有料駐車場がありました。値段は3時間で100円。多くの民間の駐車場を通過することで行ける一番奥にあったので、私のような初めての訪問者には正直たどり着けないです…。パッと見た感じ、多少の空きはあるようでした。次回からはこちらに停めようと心に誓いました(笑

鹿島神宮の境内へ

f:id:Vento:20190325230626j:plain

上述の通り、2時間500円の民間の駐車場に車を停め、徒歩で鹿島神宮に向かいました。途中、鹿のオブジェや、「鹿島立ち」なる観光パネルなどが置いてありました。また、汽車がランチを運んでくるレストランなど、子供心をくすぐるものがたくさんありました。それらの写真を撮りながら、鹿島神宮の境内へ。

最初に見えてきたのは入り口にある大きな鳥居でした。 f:id:Vento:20190325230520j:plain

鳥居をくぐると、奥に楼門(国の重要文化財)が見えてきます。

楼門(ろうもん) - 水戸藩の初代藩主・徳川頼房(水戸黄門の父親)が奉納

f:id:Vento:20190325230743j:plain

楼門をくぐると、右手には二郎杉と国の重要文化財の本殿が見えてきます。

二郎杉 - 樹齢700年、高さ40m、境内で二番目に大きい樹木、 一番は本殿の裏にある御神木で樹高43メートル・根回り12メートルで樹齢約1,000年

f:id:Vento:20190325230658j:plain

こちらが本殿です。

f:id:Vento:20190325230925j:plain

本殿 - 江戸時代初期の元和5年(1619年)、江戸幕府第2代徳川秀忠の命による造営のもので、幕府棟梁の鈴木長次の手による

樹木に囲まれた直線の道

f:id:Vento:20190325231022j:plain

ここからはひたすら直進の長い道のりが続きます。巨樹王国茨城の名に恥じない常緑照葉樹林に囲まれています。普段、パワースポットとかマイナスイオンとかよく分からない鈍感な私ですが、ここを歩いているときはなんとなくその気持ちが分かるような気がしました。娘も普段は「抱っこ」とせがんでくるタイミングでも、なぜか休まずにひたすらに走り続けていました。さすがに後半は疲れ切ってか抱っこをせがまれましたが(笑

f:id:Vento:20190325232143j:plain

途中、日本の国家でもおなじみのさざれ石を見つけました。

鹿園へ

f:id:Vento:20190325231049j:plain

樹木の道を歩いている途中、左手に鹿園が見えてきました。神使(神の使い)のと言われる日本鹿が20頭ほど飼育されており、それを見た瞬間、娘は大興奮していました。

しかー!餌やりやるの!!

動物が本当に大好きな娘です。近くの売店で1かご100円の餌を購入しました。餌は鹿せんべいかなにかかと思いましたが、意外にもぶつ切りした人参でした。鹿の食いつく力がかなり強く、娘の指が噛まれないか心配でしたが、特に何事もなく餌やり完了。

えさあげたの、つぎはらいおんいくの!!

娘よ、境内の中にさすがにライオンはいないと思うぞ・・・。

奥宮

f:id:Vento:20190325231207j:plain

鹿園から更に歩いていくと、大きな建物が見えてきます。こちらを奥宮というようです。建てたのは徳川家康公とのこと、その情報だけで歴史や神社に疎い私でも一気に格式ある建物に見えてくるから不思議です。屋根についているコケも、歴史の古さを物語っているように見えました。

鹿島神宮の摂社(本社に関連した神を祀っている)にあたる。 建てたのは徳川家康、今の本殿の前はこちらが本殿。

要石(かなめいし)

さらに奥に進んでいくと、要石というスポットにたどり着きます。

f:id:Vento:20190325231237j:plain

途中、伝説の武人 タケミカヅチの像が鎮座していました。

タケミカヅチ(タケミカヅチノオ)は、日本神話に登場する神。雷神、かつ剣の神とされる。

f:id:Vento:20190325231241j:plain

要石とは - 奥宮の裏の方に進むと要石がある。地震を起こすナマズの頭を抑えている。 水戸黄門が掘り返そうとしたが、7日間掘り続けても掘り返せなかった。

これは素人目から見ても面白い歴史ですよね。日本人の大半はドラマのおじいちゃんの印象が強すぎる水戸黄門ですが、実際はなかなかにお茶目な人だったとか。この歴史もそのお茶目な人柄が出たのでしょうか。(実際には採掘中に怪我人なども続出し、あまり笑えない出来事も多く起きてしまったようですが・・・)

f:id:Vento:20190325232252j:plain

御手洗池(みたらしいけ)

f:id:Vento:20190325231512j:plain

本殿から、要石の方向とはまた別の方向に進んでいき、急な坂を下ると開けた場所に出ます。そこに茶屋と御手洗池があります。この御手洗池、1日に40リットルもの湧き水があるとのことです。また、「この池に大人が入っても子供が入ってもその水深は胸の高さを越えない」といわれ、鹿島七不思議の一つにも数えられています。

f:id:Vento:20190325231528j:plain

鹿島七不思議

  • 要石
  • 御手洗池の水深
  • 末無川 - 境外の高天原で湧出した水の行方が辿れなくなるという
  • 境内三笠山の藤の花 - 藤の多く咲く年は豊作、少ない年は凶作という
  • 鹿島灘の海鳴 - (特に奥宮付近において)波の音が北の方に聞こえる時は晴れ、南に響く時は雨が降るという
  • 根上りの松 - 神宮の松は幾度伐っても芽が出て枯れないという
  • 松の箸 - 神宮の松で作った箸からは脂が出ないという

一通り見終わった後は、御手洗池の横にある茶屋で休憩。 f:id:Vento:20190325231524j:plain

f:id:Vento:20190325231638j:plain

この団子がマジでうまかった!!お勧めです。他には甘酒、鮎の塩焼き、みたらし団子を食しました。食事を終わった後は来た道を引き返しました、なんだかんだで2時間ほど鹿島神宮に滞在する形となりました。

f:id:Vento:20190325231643j:plain

鹿島神宮→猫カフェ ジュエリー→成田ゆめ牧場

この日は上記の3箇所の観光を予定していたのですが、結局は鹿島神宮と、近場の料理屋でご飯を食べて終了となりました!他の2つのスポットは近いうちにリゾンベリベンジします。

以上です。神社という事で、年末年始以外はなかなか足を運びにくい場所ではありますが、実際に行ってみると想像以上に良い勉強になりました。鹿園や茶屋もあるので、3歳の娘も違った意味で大喜びでした。ご参考までに。